【Webエッセイ】湿り気と、ぶんがく。/ 気候と文学は関係する?
毎年楽しみにしている角川の特別装丁、かまわぬ。この細雪のデザインは初めて見かけたので思わず買ってしまった。しかも新版解説が内田樹氏で嬉しい。にしてもこのかまわぬ、毎年似たような作品ラインナップなのでもうちょいいろいろ増えないかなあ。 pic.twitter.com/RvrjRVjs3f
— 沙妃 (chikichiki303) (@sophieagermany) August 19, 2016
細雪、前読んだ時は上か中で挫折したのに今読むとすごく面白い。雪子のまとまらない縁談にこっちまでやきもきしてしまう。この時代の上流階級の人の何気ない会話や仕草、生活がいきいきと描写されていて、その細やかさに引き込まれてしまう。底辺を漂う哀惜めいたものがそれを尚一層引き立てている。
— 沙妃 (chikichiki303) (@sophieagermany) August 19, 2016
「細雪」読了。久々にこんなに登場人物と一緒にはらはらしたり、落ち込んだり、笑ったりした。数年前は面白くなかったんだから、尚更幸せな読書時間だった。年を重ねて面白く思えるものが増えていくんだったら、喜んで年を取ろう。
— 沙妃 (chikichiki303) (@sophieagermany) August 21, 2016
谷崎潤一郎の「細雪」、一気に読んでしまいました。読み終えると寂寥感を覚える小説に出会えるのは幸せなことですね。
昭和初期の、没落しかけの家の四姉妹。主に三女雪子の縁談と、末の妙子の恋愛のごたごたを中心に話は進むが、話自体は地味なのに、次へ次と読ませるこの文体は何なのでしょう。
さて読み終わって思ったのが、この小説、ドイツで読んでたらそんなに読む気しなかったんじゃないかなあということ。
★★★
ドイツに留学中、私の専らの相棒はkindleで、暇を見つけてはダウンロードして日本語を恋しがってました。
無料の小説も結構あって、その多くは夏目漱石や芥川龍之介や太宰治や…といった、日本の文豪。
せっかく無料なので芥川龍之介をダウンロードしたはいいものの、最初の三行を読んだだけで頭のてっぺんあたりがくらくらしてきた。なんでって、すごく日本を思わせる単語が出てきて、どうにも言葉が、文体が湿っているんだもの。
その時自分が囲まれていた、どっしりとしたヨーロッパ的建築や、からっとした空気はあまりにもその小説のどろっとした世界とはかけ離れていて、そこから先を読み進めることができなかった。
谷崎の「細雪」も、湿り気をたっぷり含んだ小説である。例えば、
夫婦は明くる日、幸子の父が全盛時代に高尾の寺の境内に建立した不動院という尼寺があるのを訪ね、院主の老尼と父の思い出話などして閑静な半日を暮したが、ここは紅葉の名所なので、今は新緑にも早く、わずかに庭前の筧の傍にある花梨が一つ綻びかけているのを、いかにも尼寺のものらしく眺めなどしながら、山の清水の美味なのに舌鼓を打ちつつコップに何杯もお代わりを所望したりして、二十丁の坂路を明るいうちに下った。
これでやっと一文なのだから、ぱたぱたキーボードをたたいていた指は休むことを知らず。
「綻ぶ」「美味」「舌鼓を打ちつつ」...柔らかい表現が目立ちます。この流れるような長い一文と柔らかい表現が相まって、京都の風情を切り取り、しっとりとした味わい深さを醸し出している。
美味なのは「山の清水」じゃなくてこの流麗な文の方…なんて思うのですが、これはじっとりとした湿気の多い日本(っていうと大きくくくりですが)だからこそ味わい深く読める気がします。
じめっとした空、じっとりと湿った洗濯物、じんわりまとわりつく風に取り囲まれながら、読みたくなる文章です。
反対にドイツで何を好んで読んでいたかというと、何を隠そう(オープンにしますが)ヘミングウェイです。前にちらっと書いたんですが、ヘミングウェイと言えば乾いた文体。
例えば「日はまた昇る」のこんな一節。
こういうものなのだ。女を、ある男といっしょに旅に行かせる。女にまた別の男を紹介し、そいつと駆落ちさせる。今度は、こっちが出かけていって女をつれもどす。電報には「愛をこめて」などと書く。こういうものなんだ。ぼくは昼食に行った。
「細雪」と比べて、このそっけない文章は何なのか。短い文、一切省かれた感情描写。あるのは行動の羅列。
「こういうもの」だとして、「ぼく」がそれに対してどういう感情を抱き、どういう態度を取ったのか、一切語られない。「ぼく」は昼食に向かうのみなのだ。
ぱさぱさした文章だけれど、からりとした風に吹かれ、冷たいレモネードなんか飲みながら読むと、行間からじわじわと、何かがあふれ出す。
「こういうものなんだ」と「ぼくは昼食に行った」の間から。あふれ出すものも、からりとしたものに違いないんだけれど。
あとはレイモンド・チャンドラー。言わずとしれたハードボイルド小説。これは主人公の探偵がもう、涙もでなけりゃ脇汗もかかないんじゃないかってくらい、乾いています。湿っぽさなんて言葉がそもそもありません。
人の感情なんて知ったこっちゃねえ人生は行動あるのみなんだと、そんな気分のときに読みたくなります。
ロング・グッドバイ (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-11)
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文学って絶対、風土や気候と関係している。今回は湿度(!)に焦点をあててみましたが、天気や気温なんかもっと関係ありそうですよね。
ドイツの半年くらい続くどんよりした暗い冬を潜り抜ける中で、ああこれはドイツ文学がやけに哲学的というか、重苦しいというか、どんよりしているのわかる…という感じでした。
そういえば小説の湿度バロメーターつくってみたいねって話しているので、そのうちつくるかもしれません。あなたが思う、からっからの小説と、じっとりして仕方ない小説、あったらおしえてくださいね。
★★★
- 作者: アーネストヘミングウェイ,Ernest Hemingway,高見浩
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