思考の道場

答えのない、問いのまわりをぐるぐると。

「レッドタートル」映画考察-あなただけのために、存在する映画

 


『レッドタートル ある島の物語』予告

 

レッドタートル、見てきました。一応ジブリ作品なのにびっくりするくらい?話題になっていないみたいで。ヒットしている「君の名は。」とは対照的な、静かで地味な映画だからでしょうか。それもそのはず、何となくは聞いていたけれど、本当に台詞が一つもなかった。見終わった後、どう捉えていいか何とも考えてしまう映画でした。でもあえてこの映画は、他の考察やレビューを全く見ない上で書いていきたいと思います。

(※ネタバレ含みます。が、シンプルなストーリーだし解釈も多様なのでネタバレしても、というか知ってからの方が楽しめる映画かもしれません。)

 

見たままなのか、その奥があるのか

無人島に流れ着いた男(名前すらない)が、その島でレッドタートルと出会い、生きていく物語。映画の前半は、男はいかだを作って何度も島を脱出しようと試みます。でもなぜだか、毎回いかだが壊れる。そんなとき現れた赤い亀、レッドタートル。いかだが壊れたのはレッドタートルの仕業だと思った男は、懲らしめます。死んだかと思いきや、そこには人間の女の姿が。男は島の外に出るのを諦め、島で女と生きていく決心をします。月日は流れ、彼らには一人息子も出き、三人で仲良く暮らします。津波に襲われたり、息子が島から出ていくのを見送ったりしながら、彼はやがてゆっくりと老いていき、人生の幕を閉じる。女は彼を看取ったあと、再び亀の姿で海へと帰ってゆく。

 

台詞がなくても、登場人物は少ないし、場所は同じだし、動きや表情も簡素なので物語についていくことは容易でした。でも容易だからこそ、そのまま物語を受け取ればいいのか、その奥に行けばいいのか、わからない。わからないからこそ、ずっと考えてしまう。そういう意味でとても受け手に委ねられている作品です。

 

物語がシンプルかつ、台詞がないので、解釈は幅広い。私はというと、そのまんまと言えばそのまんまなのですが、人の一生を感じました。主人公?である男は、ある日突然嵐に遭って、無人島にやってきます。そしてそこで死ぬまで過ごします。私たちもこの地球に、ある日突然放り込まれるような形で、やってきます。なぜ生まれてきたのか何のために生きているのかよくわからないまま、それでも毎日あくせく働いたり、誰かを想って泣いたり笑ったりしながら一生を終えます。映画の男がなぜ船に乗っていたのか、どこに向かおうとしていたのか、どうやって無人島にたどり着いたのか、それらは一切語られないし、明かされません。でも彼は生きるために日々、魚を採ったり木の実を集めたり寝床をつくったりします。訳がわからないまま、それでも生きようとし、そして訳がわからないまま死ぬ。一見不条理な、全く訳のわからない人間の生を、この映画はそれでも温かく、丁寧に紡ぎ出していると思いました。

 

ある種の不気味さ

このように「レッドタートル」は島での家族の営みを丁寧に描きだしていますが、私は同時に不気味さを感じました。まず、彼らの顔がすごく簡素なんですよね。文字通りの意味で、目鼻口が黒い点で描かれています。彼らを取り囲む無人島の自然や海、星空は丁寧に描かれているからこそ、その異様に簡素な顔が際立って見えます。

 

簡素な顔では、そこから感情を読み取るのも難しい。普段人間に囲まれて、というか特定の人たちに囲まれている私たちは、街路樹なんかより遥かに多い情報を、誰かの顔から読み取っています。この映画では、それが禁止されている。自然と私たちは、彼らの行動や、彼らにはたらきかける周りの自然に目が行きます。ある程度の都会で人間に囲まれて過ごしていると、まるで人間がこの世のすべてのように感じてしまうけれど(というか意識するのは人のことばっかりになってしまうけれど)、人間も自然の一部でしかない。その当たり前なんだけれど、普段忘れている事実を目の当たりにするからでしょうか、この映画の不気味さというのは。

 

そういえばフロイトの「不気味なもの」という本では、不気味なものは自分が知らない、得たいの知れないものじゃなくて、既に知っているけれど忘れているものが回帰してくるから、不気味なのである、と書いてあった気がする。「人間も自然の一部でしかない」という忘れている事実が回帰してきたから、この映画を「不気味」に思ったのかなと書いてて思います。

 

あと不気味だったのは、色合い。なんとなく月光に照らされた海岸が赤かったり、レッドタートルの赤色が淡い色合いの中で際立ったりして、どことなく不気味でした。赤って血や火を連想させるからか、すごく原始的で、それも普段見なかったり、忘れたりしているからかな。

 

解消されない謎

一見明快なストーリーなんですが、細かく見ていくとけっこう疑問点が残ります。なぜ亀は赤いのか。そもそも人間なのか、亀なのか。男のいかだはなぜ毎回壊れたのか、それはレッドタートルによる仕業だったのか。成長した息子は、なぜ島を出ていったのか。そもそも彼は人間だったのか、彼も亀なのか。女は男を看取った後、なぜ亀になり島を離れたのか。

 

などなど。私はこれらの謎にあまり納得いく答えを見つけられていません。見つけて納得するとすっきりするけれど、解決された謎って、忘れちゃうんですよね。だから解消されない謎がある映画は、その人の中に残る。また見たいと思わせる。そういう意味で、この映画は見た人の心に一石を投げる映画です。

 

台詞とかフクザツな表情とか人間関係とか、そういうのをそぎ落とした映画は、あなたに委ねられているんだと思います。すぐに見返したくはならないけれど、数年後、また見たくなる。あなたが変化した分だけ、この映画の意味も、変化していく。全く万人受けしないけれど、よくわからないけれど、そんな「居心地の悪い」映画もたまには見たく、なるものだから。