思考の道場

答えのない、問いのまわりをぐるぐると。

少女マンガと「人の弱さ」

久々に、昔読んだ少女マンガを読んでみた。

読んでみて、子ども向けだから、マンガだから、とあなどれないなと痛感。

 

子どもの頃好きだったマンガを読んでいて、ふと共通点が浮かび上がった。

それは、「人の弱さ」を描いている、という点である。

 

 

砂時計(1) (フラワーコミックス)
 

 

一番好きだった作品。主人公の杏を主軸とした恋愛を中心に話は進む。

小6の時に母親が自殺してしまい、それ以来ずっと、自分の中にもそんな「弱さ」があるのではないかと、杏は怯えているのではないか。

付き合っていた大吾に、「一緒に落ちて行かないで」と、その手を放す。

自分の弱さに、大吾を巻き込みたくないという杏の、最大限の抵抗を感じる。

 

でも、大吾に別れを告げることが、弱さだったのかもしれない。

自分を守ろうとするほど、弱くなる。自分は強い、と思えば思うほど、弱くなっていく気がする。

最終的に杏は、自分をおいていった母親を許し、大吾の幸せを願い、大吾と生きていく決心をする。きっとそれは、杏が「自分の弱さ」を受け入れたからじゃないかな、という気がする。杏が一番許せなかったのは、自分自身なのだ、きっと。

 

芦原妃名子さんが、もっとそういった人の弱い部分、脆い部分に焦点を当てているなと思った作品は「Piece」。サスペンス調で話は進み、最後は何ともぞっとするというか、しばらく考えてしまう作品。

 

Piece 1 (フラワーコミックス)

Piece 1 (フラワーコミックス)

 

 

 

あと、記憶に残っているのは「こどものおもちゃ」。

 

 

こどものおもちゃ (1) (りぼんマスコットコミックス (791))

こどものおもちゃ (1) (りぼんマスコットコミックス (791))

 

これもトラウマから来る人の「弱さ」を描いている。

自分を守ろう、というところから来る、身体的な症状。

自分以外に意識が向いたとき、主人公の症状は治った。

 

個人的には同じ小花美穂さんによる「パートナー」の方が印象的。

 

 全三巻なのに、この内容の濃さ。

恋人が交通事故で死んでしまい、自分もいつしか生きようという意思よりも、死んで恋人のところに行きたいという思いが勝ってしまう。

最後に彼は、生き残った双子の兄?弟?に向かって「ごめん、弱くて」と言う。

私はこれを読んで、いたたまれなくなった。彼が選んだ死は、弱さなのだろうか。

私は彼を「弱い」と断罪することなんてできない。

 

これもサスペンス調の、非日常が舞台。ストーリーを追うだけでも楽しめる。

 

 

 

それから、小学生のときに好きだった作品。今読んでも楽しめるのでびっくり。

 

 りぼんの名作。主人公の強さと弱さが、典型的にはだけれど、よく描かれていると思う。

創世記に絡めた、話の展開は、スケールは大きいけれど面白い。

個人的には、天使フィンのストーリーの方が印象に残っている。こちらは生き残るために手段を選ばなかった人物。こんな生き方もあるのか・・・と子供心に思った気がする。

 

 

 こっちの作品も好きだった。大好きだった人が死んで、それ以来時が止まっている主人公。忘れたくない、死んだ彼を置き去りにして、自分だけ前に進みたくない、という気持ちに、読んでいるこっちもひりひりした。

そんな主人公が、最後は生きたい、と望むようになるまでのストーリーは綺麗にまとまっている。「過去」にこだわるのは「弱さ」なんだろうか、「生きたい」と願う希望は、「強さ」なんだろうか、と考えた作品。

自殺したら死神になる、という設定なので、それぞれの死神キャラクターの、人間だったときの過去が語られる。こちらのエピソードも秀逸。

 

どれも結構生死を扱う作品なので一見重そうに見えるけれど、簡単な言葉で、しかもコミカルを交えて話が進む。マンガだからか。

マンガは故に「軽く」見られがちだけれど、よくよく読むと壮大なテーマを扱っているものも多い。

 

人の「弱さ」は、ときに愛しい。「弱さ」にどうしても惹かれることがある。「生」より「死」に惹かれることもある。強くあろうとすればするほど、自分が脆くなってしまう矛盾。弱さから目を背ければ、自分を守ろうとすれば、「弱く」なってしまう。

「強さ」って何なのか、「弱さ」って何なのか。「自分の弱さ」とどう向き合い、付き合っていくのか。

こうやってみると、意外に少女マンガはこの辺りを扱っているんだなと実感した。

 

「少女マンガ論」って少なくて、あってもジェンダー論からの切り口が多い気がするので、それ以外の考察を読んでみたい。

 

 

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