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思考の道場

答えのない、問いのまわりをぐるぐると。

現実という強固な物語

物語について

現実が強固すぎると、つまり最も信じられている常識や習慣、価値観以外のそれらがあるかもしれない、ということが疑問に抱かれすらしないと、息苦しく感じる。

答え以前に、問いが共有されていないのは、苦しい。

 

現実が一つの強固なファンタジー、物語だということを、普通は意識しないし、忘れてしまう。それほどに、私たちは現実を生きている。

でも自分の思う現実と、周りの現実がズレたとき、または現実に疑問を抱いてしまったとき、周りの現実が強固だと、それ以外の生き方なんて、それ以外の現実なんてないように感じてしまう。

それは自分の中で、周りの現実に対抗しうる物語が構築されてないからである。

 

周りの現実と蜜月のような関係ならば、問題はないだろう。

現実と折り合いがつかなくて、現実を離れるーつまり今いる場所を離れる、ということは、生きていく上でとても楽になる。それ以外の現実がある、価値観がある、ということを、肌で感じられるのは大きい。

私もそうやって一旦日本を離れ、もう一度海外に来た。

 

でも、現実がない場所なんてない。環境を変えても住む場所を変えても国を変えても、どこにでもその場所の、強固な現実がある。

自分に合った現実を見つけるのも、一つの方法だ。でも、どこに行ったって強固な現実しかないのなら、自分でこつこつと、自分の物語、つまり価値観や生き方、みたいなものを構築していく必要がある。どこにも故郷を見つけられないのなら、自分でつくるしかない。物語を編んでいくしかない。

現実から手を引いてしまうんじゃなくて、どんな現実の中にいたって自分の物語を編んでいけること。現実を尊重しつつ、呑み込まれはしないように、適度に距離を置くこと。

 

どこかに自分の故郷があるはずだと、アイデンティティ探しをするのは、辞めた。そうやってあきらめると、しんどいけれど、同時に楽だ。

 

さあ、どうやって自分の物語を構築していこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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