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思考の道場

答えのない、問いのまわりをぐるぐると。

ブログで発信するようになって変わったこと

1年くらい忘備録としてつけていたこのブログを、先月あたりから発信用に変えています。

chikichiki303.hatenablog.com

 

上記の記事では文章の文体が変わってく…みたいな話をしたんですが、他にも徐々に変わってきたなあと感じることがありました。

 

それは、目線が受け手から担い手に変わったこと。

 

私は人文学や物語やアートが好きなのですが、大学の人文学不要論、出版不況、消費されるアート等、私が好きなものを取り巻く環境は、いいかと言われるとそうでもなくて、風当りが強いと感じていました。

なんでこんなものが評価されるんだろう、どうしてみんな経済学部行っちゃうんだろう、なんで観光ビジネスという文脈で、ソフトパワーという文脈で、アートが語られるんだろう、と。

 大学で文学部に入ってから、そのような疑問を持ちそのような状況に半ば嫌気がさしていました。なんでこんな時代に生まれたんだろうと。(というのは大げさだけど)

 

でもブログをやるようになって、そして発信用にしてから思ったのは、嘆いているだけじゃ、何も変わらないということ。

人文学が危機だ・・・・と嘆いてるだけじゃ、ますます痩せ細っていくんじゃないかと思ったこと。いやいや人文学を語るには早いから博士課程まで行ってそれからキチンと論文書いてから語った方がいいなあとも思います。でもそうこうしている内にますます人文学は痩せ細っていくかもしれない。だったらできることからやってってもいいんじゃないか。

 

そして嘆いているよりは、いやいや面白いよ~と何かやってる方が、やってる方も楽しい。

勿論嘆きを昇華して強い感情をもって語るのは、淡々と綴ったものよりもインパクトがあります。どちらが向いているかは人それぞれ状況次第。

 

難しい顔をするんじゃなくて、 - 思考の道場

 

なんでもそうですが、自分がやれることに着目すると精神衛生的にもいいんですよね。完璧とか準備万端はいつまで経ってもやってこなくて、というか完璧が可能ならそれは神様になってしまったも同然で。私はついつい、できていないことに集中しちゃうので落ち込むことが多々あります...。

 

と言うわけで、好きなことなら受け手としてだけじゃなくて、米粒一つの大きさでもいいから担い手であろうと思うようになりました。

 

あと受け手から担い手に・・・と書いたけれど、同時に「いい」受け手でありたいなとも思っています。「いい」受け手を私はまだ上手く言えないのですが、センスがいいこと、いいと思ったものは広めていくこと・応援することかなあと今のところは思っています。美術もパトロンがいたからこそ花開いたところもあるし。小説は読まれないと小説足りえないし。

 

うーんでも好きなものについて語るって難しいですね。感情や感じた事に対して言葉が追いつくまでに、時間がかかります。

 

みなさんはブログをやるようになって、というか何かを初めて、変わったことはありますか?

 

 

 

 

 

 

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