思考の道場

答えのない、問いのまわりをぐるぐると。

【旅行エッセイ】 ポルトガルシントラというまち

リスボンから電車で40分くらい行ったところにある、シントラという街に向かう。 

 
ドイツもそうだけれど、ヨーロッパの列車にはボックス席が多い。
そしてそのボックス席は新幹線の座席みたいにくるりと回転することなんてなくて、3日間放置された餅のごとくどうしようもないくらい固まっている。
 
つまり必然的に進行方向とは逆向きに座ることが多いわけで、目に映るのはもう過ぎ去った景色のみ、ということになる。 
 
窓から見える緑は青々としていて、久々に溢れかえる原色にお腹がいっぱいになった。 
 
ぼーっと過ぎ去った景色を見ながら、ぼーっと旅をすることについて考える。 
 
★★★ 
 
私は旅行が得意ではない。旅行に得手不得手なんてあるのか、と聞かれるともごもごしてしまうけれど、何と言っても旅行の計画を楽しめないのだ。
 
特に宿泊先を決めるのとか。
 
かといって当日目についた宿に飛び込むなんてことしたらその日まできっと心はざわざわしっぱなしだ。 
 
宿を決めるのにはいくつかの条件がある。まず宿泊費。もちろんここに条件つけなければ宿を決めることはぐっと容易くなるーのだけれど、何と言っても(貧乏というほどではないけれど)格安旅行をしているのだ。 
 
宿を絞り込む上でまず上限を設定すると、さて今度は中心地からのアクセス、最寄り駅からの距離、周辺の安全性とか利便性、加えて宿の清潔さなどを土地勘のない地図と、やたらテンションの高いレビューか、やたら辛辣なレビューを頼りに見比べる。
 
別に見比べるのはいいんだけれど、一ついいのを見つけても、いやいやもっといいのあるかもと他のを探し、結局キリがないのに疲れて最後は結構てきとーに決めてしまうのである。
旅行の計画大好きという友人はこういうのにも疲弊せず楽しんでやってしまえるわけで恐れ入ってしまう。
 
これが苦役で仕方ない私は故に、旅行が得意じゃないなあという結論に達しているのである。 
 
★★★ 
 
でも計画たてるのが面倒でも苦手でも、旅行に出たくなるのだから不思議だ。
 
旅行は上手く行かないものである。初めての街、初めての人、初めての習慣。
 
だからかな。
初めてのおつかいや、初めて一人で電車に乗ったとき、初めて一人で外で食事したときのことを、ぼんやりと思い出す。
 
慣れた日常では特別考える必要のないことー 例えば朝ごはん何食べるかとか、切符をどう買えばいいのかとか、そもそも今日一日何をするのかー ということを、旅行ではいちいち考えないといけない。 
 
それは面倒だし疲れることでもあるんだけれど、その瞬間その瞬間、今日一日、に必然的に集中できて、それが結構心地良い。
 
私は油断するとぼーっと先のことや昔のこと、今ここにないことを考えて今が疎かになるので、旅行に来ると、当たり前なんだけど、今しか、今日という日しか生きれないんだなあと思い出す。
 
疲れても面倒でも、いや疲れるからこそ、きっと私は今を生きざるを得ない旅行という状況に惹かれてるのかなあ、なんて思う。 
 
★★★ 
 
冒頭のシントラという街からバスで、ヨーロッパ最西端の岬に向かう。
 
地球がとにかく丸い。半年前に千葉の岬から丸い太平洋を見たばっかりだったから、随分遠くまで来たなあと妙にしみじみと感じ入る。
 
目の前に広がる景色の広さに合わせて、私の意識の幅も伸びたり縮んだりする。
 
長い長い水平線に沿って、私の一秒もとおくとおく伸びていった。
 

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