思考の道場

答えのない、問いのまわりをぐるぐると。

【Webエッセイ】走ることのドラマ性

ハチ公のハリウッド映画版を見た。そう、たぶん日本一有名なあの犬についての映画である。結構ハチ公の視点で描かれているからか、素直に見て思わず泣いてしまった。何と言ってもハチ公が迷いなく飼い主であるリチャードギア(役名忘れた)のもとに走って行くのがいい。

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大人になってからとんと走らなくなった。約束に遅れそうなときか、電車が来てるときくらいしか走っていない。情けないかぎりである。身体も重くなっているから走るときもどたどたと騒がしい。情けないかぎりである。

 

しっぽを振りながら一目散に走っていく映画のハチ公(ところでどうやって犬を撮影するんだろう)を見て、ドラマチックだなあと感じた。あれ、ハチ公が歩いてリチャードギアを追いかけたり、リチャードギアを迎えに行ったりしてたら、あんなに泣けなかっただろう。走るって、かなり感情を現す人間、いやこの場合は動物の行動みたいである。

 

今年は今までよりよくアニメを見たんだけれど、アニメの主人公って大体が高校生だ。青春、友情、恋、部活、彼らは走る、走る。前回書いた映画「たまこラブストーリー」でも、最後にたまこは走る、走る。

 

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 何で人は走るんだろう。焦り、不安、恋しい想い、悔しさ、心配、嬉しさ、悲しさ。感情があふれ出して、人を突き動かす。走りたくなるというより、感情に足が突き動かされる。感情があふれ出して立ち止まっていると苦しいから、身体を動かして発散させる。どきどきした心臓が身体を突き抜けて飛び出していきそうだから、そうしまいと必死に身体も、前へと動かす。

 

走る描写とか演出ってベタだなあとか思いつつ、でもやっぱり私たちの心をうつものがある。走ることでしか表現できない想いがあるから。

 

私が好きな走る描写は、「聲の形」「たまこラブストーリー」をやっている山田監督の(すっかりファン)「響けユーフォニアム」というアニメで、主人公が悔しくて悔しくて走り出すシーン。吹奏楽部でユーフォニアムが上手く吹けなくて「悔しくて死にそう」という気持ちに気付くんだけれど、彼女が走り出すシーンはその悔しさにこちらまで胸が苦しくなってくる。

でも走り出さずにはいられないほど悔しいってそれだけ何かに懸けてたってことだから、すごく希望に満ちたシーンでもあった。走る、走る、走る。走るシーンだけを集めた映画特集みたいなのってないのかな。

 

走ることについて書いていたら、何だか走りたくなってきた。でもランニングとは、また違うんだよね。思わず走りたくなったら、それは後から振り返ると尊い時間なんだきっと。

 

 

 

 

 

 

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