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思考の道場

答えのない、問いのまわりをぐるぐると。

憧れの克服と、一歩踏み出した久美子の成長と―『響けユーフォニアム』1期&2期10話までの感想・考察

 

『響けユーフォニアム』は京都アニメーションの今季作品であり、かつ私が何回か触れてきた『聲の形』『たまこラブストーリー』の山田尚子監督が演出をしているアニメ。

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一期を見たときに衝撃をうけてからというもの、2期を楽しみにしていました。(最近よく衝撃をうけている気がする、アニメに。)高校の吹奏楽部が全国を目指すというストーリーで、汗と青春とスポ魂と感動か...ちがうな...と思っていたのですが、その思い込みは良い方向で裏切られました。

もちろん全国を目指すというところにブレはないんですが、人間関係とかそういうのにもっと焦点が当たっているんですよね。なんだろう、もちろんアニメらしく、というか物語らしくきれいにまとまってはいるんだけれど、どうしようもない人間関係の生々しさが描かれている。それが演出と構成によって、ダイレクトには伝えられないものの、丁寧に掬い上げられている。

 

2期においてもそれは変わらず。ドラマとしてはテンポが遅く、淡々と話が進んでいく回が多いものの、クライマックスになった回の盛り上がりに効いてくる。個人的にそれが2期の10話だったので、1期も併せてレビューを書きます。『響けユーフォニアム』における私のテーマは「姉との関係性」です。

 

ちなみに劇場版もあるので、予告でアニメの雰囲気だけでもどうぞ。


『劇場版 響け!ユーフォニアム~北宇治高校吹奏楽部へようこそ~』予告

 

憧れの克服

 

私は一期のテーマを憧れの克服と見ています。姉、麻美子に憧れて始めた吹奏楽。本当はお姉ちゃんと同じトロンボーンがやりたかった久美子。でもなんとなく、勧められるがままにユーフォニアムを手に取ります。それを小学校高学年から、高校まで続けてきた。でも姉の麻美子はその間に、受験をきっかけにトロンボーンを辞めてしまいました。久美子は流されるまま、高校でも吹奏楽部に入り、部の雰囲気に乗っかるような形で全国大会を目指します。

 

そんな久美子が変わったのは、麗奈に出会い、「特別でありたい」という彼女の気持ちを受けとめてから。熱に浮かされたように久美子は「上手くなりたい」という思いにとりつかれます。ここで久美子は、ユーフォニアムを頑張って吹いている意味を明確に見出したかのように見えます。麗奈のように特別でありたい、特別であるために、私も麗奈みたいに上手くなりたい、と。

でもこれって、トロンボーンを吹いていた姉に憧れていた小学生の久美子と、動機はそんなに変わらないんですよね。憧れの対象が姉→麗奈に変わっただけで。

 

「特別になりたい」「上手くなりたい」というそんな思いを挫くかのように、顧問の滝先生から、練習していた難しいパートのところは本番で吹くな、と言われてしまう。

ここで初めて、久美子は「悔しくて死にそう」という中学校のときの麗奈の気持ちを理解します。久美子が麗奈に「追いついた」瞬間です。

その後、父の後を継いで、父に「勧められて」吹奏楽部の顧問になったという滝先生との会話をふまえて、久美子は姉麻美子に「ユーフォ続けてなんか意味あんの?」という問いに対して「だってユーフォ好きだもん」と答えます。憧れの対象であった姉、ユーフォをやっている理由だった姉に「ユーフォをやる意味・理由」を伝えることで、久美子は憧れを克服し、自分なりの理由を見つけます。

 

誰かに憧れて何かをする、というのは、何かを始めるきっかけになったり自分を成長させる機会になるけれど、憧れの対象を失った久美子がなんとなくユーフォを続けていたように、そして新たに麗奈という憧れの対象を手に入れた久美子が、自分のペースを乱していったように、モチベーションが他者に左右されるという危険をはらんでいます。

そういった憧れを乗り越え、より強固な、しっかりとした「ユーフォが好き」という気持ちに気付いたシーンには、久美子の成長がよく表れています。誰のせいにも、誰のおかげでもなく、自分のためにユーフォを吹くと決めた久美子は、京都府大会に臨みます。

 

自分の本音をぶつける、一歩踏み出した久美子

さて、1期の「ユーフォが好き」と姉に宣言したのをふまえて、私は姉・麻美子と久美子の関係は一区切りついたものと思っていました。ところがどっこい、麻美子は2期の方がじゃんじゃか出てくるではありませんか。

 

久美子と麻美子は決して仲がいい方ではありません。そんな二人が和解するのがやっとの2期10話。焦げた味噌汁の鍋(なぜ焦げる?)を洗い落としながら、そして隣で久美子が料理をしながらの会話。

「自分で決めてこなかった」「吹奏楽を辞めたことを後悔している」「大人ぶってわかったふりして、自分の本心をおさえて、賢く振る舞ったつもりだった」ということを久美子に語ります。鍋の焦げ目が取れていくにつれ、二人の間のわだかまりも消えていきます。

 

そしてこのシーンの意味が効いてくるのが、というか姉・麻美子との関係がなぜ描かれてきたのか、というのが畳みかけるようにわかるのがこの10話後半、ユーフォのあすか先輩との対決です。

 

あすか先輩は1期~2期を通じて、よくわからない人物として描かれてきました。言うなればラスボスのような存在。あすかは母に反対され、全国大会を目前に吹奏楽を辞めようとします。「戻ってきてください」という久美子に対し、あすかはノーと言う。理由は「部のためにならないから」。

久美子は「みんな戻ってきてほしいって言っている」と伝えますが、あすかに「ほんとにそうなの?」と聞き返され、「傷つかないように、いつも人に踏み込まないようにしている」という、久美子の弱点を指摘します。

 

ちなみにこのとき、二人の顔は影半分、光が当たっているところ半分と、くっきり分かれています。何でだろう、と思っていたのですが、これは二人が本音で話していないことを表しているのではないかと。そして本音で話さない限り、あすかを説得できないというのが、蜘蛛の巣にひっかかった蝶の奥に描かれる久美子を通じて、示唆されています。

 

でも久美子は、前日の麻美子との会話ー「後悔のないようにしなさいよ」ーを思い出し、あすかに想いを伝えます。「私はあすか先輩と一緒に吹きたい」「あすか先輩と舞台に立ちたい」と。「みんな」でも「誰か」がでもなく、「私が」と久美子は伝えることで、一歩踏み出す。

自分の想いを伝えることは傷つくことの危険性を常にはらんでいるけれど、久美子は後悔しないために、そして、「わかったふりして、大人ぶって」自分のやりたいことを貫かなかった麻美子と同じ道をあすかに選ばせないために、自分の気持ちを伝えます。

 

ちなみに、「自分の」気持ちを伝える前の久美子は画面の左側、下手にいて、あすかは画面の右側、上手にいます。このときの会話はあすかが優位に立っているので、それが演出にも表れていますね。

その後、あすかが左側に去ろうとしているのを久美子が止める形で、二人の立ち位置は逆転、今度は久美子が画面右側、上手に来ます。そして演出どおり、久美子の説得がインパクトをもたらします。

また、二人を捉える画面も、ここで二人を斜めに切り取っています。顔もアップになり、画面もダイナミックに切り替わる。普段は「あつくない」久美子が声を荒げ、泣き叫ぶこのシーンのダイナミックさを、二人を映す角度で伝えているんじゃないかと思います。

 

このように、人の感情やシーンを言葉で表すんじゃなく、細かい演出や構図で表しているのがこのアニメが優れているところだと思います。

 

「私があすか先輩と一緒に吹きたいんです」というこの台詞は、かつて吹奏楽を辞めようとしていた麻美子に、伝えることのなかった久美子の気持ちです。「お姉ちゃんと一緒に吹きたい」と久美子は思っていた、でもそれを、素直に伝えることができなかった。お姉ちゃんが辞めるのを、止めることができなかった。この後悔を、姉と和解した久美子が今度はあすかに伝えることによって、久美子は後悔を乗り越え、傷つくリスクを抱え込んだ上で、一歩踏み出すことに成功しました。紛れもなく、久美子が成長した名シーンでしょう。そして、1期から描かれてきた「姉との関係性」が、ここに来て完成された、言うなれば姉を乗り越えたシーンでもあるでしょう。

 

細かい演出

響けユーフォニアムは人の感情や人間関係、状況を、画面の構図や細かい演出で表しているのが面白いです。上記のほかにも、例えば1期では水道の蛇口をきゅっと閉めるシーン、靴紐を結ぶシーン、髪をしばるシーンなどが出てくるんですが、これは吹奏楽の演奏の前など、緊張が高まるシーンのその緊張を、上手く表していると思います。

 

また人間関係でいうと、2期の9話ではあすかの友人香織と、あすか、久美子の三人で歩くシーンが出てきます。久美子・あすかと、香織の間には、階段の手すりが映っている。これは、香織とあすかは一線を隔てていること、また、久美子はあすかと同じ側にいるので、これからあすかの領域に踏み込める、ということを示唆しているシーンでもあります(実際このあと久美子はあすかの自宅へ行き、あすかの本音を聞きます)。

 

細かい演出が多いから、何度も見たくなってしまう。そして何より、背景も人物も抜かりない細やかさ。久美子の声はだるそうで、家族に対しては一オクターブ低くて、それが何とも現実的で生々しい。彼女たちの生を、「今」を、こんなにも「つくりもの」の代表である「絵」で表現できているのは(ボキャブラリーに乏しいですが)すごいとしか言いようがありません。

アニメアニメしているわけでもないので、アニメ特有の仕草や演出が苦手な人にもおすすめです。スポ魂が苦手な人も大丈夫です。久々に作品レビューであつくなってしまいました。