思考の道場

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食卓は、家族の象徴で。「Bread&Butter」漫画感想と考察(ネタバレ有)

最近、ごはん漫画?グルメ漫画?って多いですよね。TSUTAYAの漫画にも、グルメ漫画コーナーって言って一角できているし。

 

私は現実世界では全然グルメではないけれど、食に関する文章は好きで、そちらの方が食指が動く。というわけで、グルメ漫画にも手を伸ばしてみた。

 

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手に取ったのは芦原妃名子の「Bread&Butter」。ついこの間5巻が出ました(以下、ネタバレはあらすじに書かれていたり、本筋でないもののみになっています)。

 

Bread&Butter 5 (マーガレットコミックス)

Bread&Butter 5 (マーガレットコミックス)

 

 

かの有名な「砂時計」の作者で、私もかつて「砂時計」が好きだったので彼女の最新作を手に取ってみました。ちなみに「砂時計」については前に触れています。

 

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家族とごはん

「砂時計」や「piece」と大きく変わっている作品。主人公は女子高生じゃなくて30代半ばの女性だし、テーマもだから仕事や結婚が出てくる。かつての作品ほど過去志向で重くはなくて、パンをきっかけに紡がれていく、主人公の周りにいる人の物語。

 

主人公の柚季はひょんなことからパンをつくっている洋一にプロポーズ。パンが人を繋いでいくから、読む方もほんわかした気持ちになります。やっぱりごはん、食べ物って、ささくれだった心の棘を取ってくれる。山型食パン、パン・オ・ショコラ、シュトレン、バゲット...いつの時代も、どんな時も、人と人との間を繋いでくれる。

 

でもほんわかパングルメだけじゃないのが、芦原妃名子。彼女の過去作品がそうだったように、様々な家族がここでも描かれます。ごはんを作ってくれず、その後絶縁状態にあった父と息子、同じくごはんは作らず、家もごちゃごちゃのままな母と娘、三食健康的な食事が出てくるのに、関係は冷え切っている夫婦とその娘、などなど。

生死が関わるほどの問題は出てこない分、どこかそのへんにいそうな夫婦関係、親子関係が出てくるからこそ、どこか背中がぞっとします。

 

人間関係を巧みに表す演出

ただのほんわかグルメ漫画じゃないのは、そういった家族関係の演出?描写?に拠っています。食卓に並べられたごはんを囲む、笑顔のお父さんお母さん子どもというのを、背景を真っ黒、人物を白抜きで描くことで、ああこの家族は演じてるんだな、幻想なんだな、ということが一目でわかります。

「この人と結婚することで、少なくとも周りからは幸せに見えると思った」という台詞は4巻あたりで出てきますが、こういうの、自分だってどっかでしてるんじゃないかなと思ってぞわぞわします。幸せって自分で決めるもんだって頭ではわかっているのに、どっかで「幸せって思われたい」って思ってる、それ、捨てきれないーなんて、登場人物の細かい台詞がいちいち自分に跳ね返ってくる。

 

芦原妃名子は、多くの人が持っている、普段は見ないようにしている些細な感情を掬い上げるのが本当に上手い。そして家族というテーマを扱う作者にとっては、グルメ漫画とは相性がいい。

家族になって、最も一緒にするようになることって、家の食卓を囲むことだと思うんですよね。目玉焼きにはソースをかける、焼きそばは大皿で真ん中にどんと出す、お味噌汁の具はたっぷり、などなど、食卓に一番その家族の個性だって出る。インスタント焼きそばばかり出る食卓も、三食出汁がきちんととってあって塩分控えめな味噌汁が出る食卓も、それぞれ何かしらの問題は抱えているわけで。その問題に向き合って、ほぐしていくのが、柚季たちが焼くパンの役割です。家族を描くときに、その象徴である食卓に焦点を当てるのは、だからなのか...と納得する次第です。

 

というわけで、ほんわかパン漫画だ~と思って手に取ると、思ったより胸が痛む漫画なのでお気を付けください。特に結婚した人とか、結婚する予定の人にとっては。でもオムニバス形式というか、比較的短いスパンで解決というか、希望が見える終わり方になっているので、そういった意味では読みやすいです。かの有名な「タラレバ娘」は怖くて読めない...という方にはおすすめです(かく言う私も怖くて途中で挫折した)。

 

そして私はこの漫画を読んで、今度パンを作りに行くことになりました。本当にごはん活字に弱いようです。パンの発酵を待つ柚季が「待つ」ことについて語っていて、それがよかったんです。