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思考の道場

答えのない、問いのまわりをぐるぐると。

湿り気と、ぶんがく。

エッセイ的ななにか 作品レビュー

 

谷崎潤一郎の「細雪」、一気に読んでしまいました。読み終えると寂寥感を覚える小説に出会えるのは幸せなことですね。

昭和初期の、没落しかけの家の四姉妹。主に三女雪子の縁談と、末の妙子の恋愛のごたごたを中心に話は進むが、話自体は地味なのに、次へ次と読ませるこの文体は何なのでしょう。

さて読み終わって思ったのが、この小説、ドイツで読んでたらそんなに読む気しなかったんじゃないかなあということ。

 

★★★

ドイツに留学中、私の専らの相棒はkindleで、暇を見つけてはダウンロードして日本語を恋しがってました。

無料の小説も結構あって、その多くは夏目漱石芥川龍之介太宰治や…といった、日本の文豪。

せっかく無料なので芥川龍之介をダウンロードしたはいいものの、最初の三行を読んだだけで頭のてっぺんあたりがくらくらしてきた。なんでって、すごく日本を思わせる単語が出てきて、どうにも言葉が、文体が湿っているんだもの。

その時自分が囲まれていた、どっしりとしたヨーロッパ的建築や、からっとした空気はあまりにもその小説のどろっとした世界とはかけ離れていて、そこから先を読み進めることができなかった。

 

谷崎の「細雪」も、湿り気をたっぷり含んだ小説である。例えば、

夫婦は明くる日、幸子の父が全盛時代に高尾の寺の境内に建立した不動院という尼寺があるのを訪ね、院主の老尼と父の思い出話などして閑静な半日を暮したが、ここは紅葉の名所なので、今は新緑にも早く、わずかに庭前の筧の傍にある花梨が一つ綻びかけているのを、いかにも尼寺のものらしく眺めなどしながら、山の清水の美味なのに舌鼓を打ちつつコップに何杯もお代わりを所望したりして、二十丁の坂路を明るいうちに下った。

 

谷崎潤一郎細雪 上」第一九章

 

これでやっと一文なのだから、ぱたぱたキーボードをたたいていた指は休むことを知らず。

「綻ぶ」「美味」「舌鼓を打ちつつ」...柔らかい表現が目立ちます。この流れるような長い一文と柔らかい表現が相まって、京都の風情を切り取り、しっとりとした味わい深さを醸し出している。

美味なのは「山の清水」じゃなくてこの流麗な文の方…なんて思うのですが、これはじっとりとした湿気の多い日本(っていうと大きくくくりですが)だからこそ味わい深く読める気がします。


じめっとした空、じっとりと湿った洗濯物、じんわりまとわりつく風に取り囲まれながら、読みたくなる文章です。

 

反対にドイツで何を好んで読んでいたかというと、何を隠そう(オープンにしますが)ヘミングウェイです。前にちらっと書いたんですが、ヘミングウェイと言えば乾いた文体。

 

chikichiki303.hatenablog.com

 

例えば「日はまた昇る」のこんな一節。

こういうものなのだ。女を、ある男といっしょに旅に行かせる。女にまた別の男を紹介し、そいつと駆落ちさせる。今度は、こっちが出かけていって女をつれもどす。電報には「愛をこめて」などと書く。こういうものなんだ。ぼくは昼食に行った。

 

ヘミングウェイ日はまた昇る」第三篇第一九章

 

細雪」と比べて、このそっけない文章は何なのか。短い文、一切省かれた感情描写。あるのは行動の羅列。

「こういうもの」だとして、「ぼく」がそれに対してどういう感情を抱き、どういう態度を取ったのか、一切語られない。「ぼく」は昼食に向かうのみなのだ。


ぱさぱさした文章だけれど、からりとした風に吹かれ、冷たいレモネードなんか飲みながら読むと、行間からじわじわと、何かがあふれ出す。

「こういうものなんだ」と「ぼくは昼食に行った」の間から。あふれ出すものも、からりとしたものに違いないんだけれど。

 

あとはレイモンド・チャンドラー。言わずとしれたハードボイルド小説。これは主人公の探偵がもう、涙もでなけりゃ脇汗もかかないんじゃないかってくらい、乾いています。湿っぽさなんて言葉がそもそもありません。

人の感情なんて知ったこっちゃねえ人生は行動あるのみなんだと、そんな気分のときに読みたくなります。 

 

 

文学って絶対、風土や気候と関係している。今回は湿度(!)に焦点をあててみましたが、天気や気温なんかもっと関係ありそうですよね。

ドイツの半年くらい続くどんよりした暗い冬を潜り抜ける中で、ああこれはドイツ文学がやけに哲学的というか、重苦しいというか、どんよりしているのわかる…という感じでした。

 

そういえば小説の湿度バロメーターつくってみたいねって話しているので、そのうちつくるかもしれません。あなたが思う、からっからの小説と、じっとりして仕方ない小説、あったらおしえてくださいね。

 

★★★

細雪 (上) (角川文庫)

細雪 (上) (角川文庫)

 

 

日はまた昇る (新潮文庫)

日はまた昇る (新潮文庫)

 

 

あなたにとって、インターネットって何ですか? / 灯台もと暮らし・チェコ好きさんのオフラインサロンに行ってきました。

考えまとめ

気付いたら大分経っちゃったのですが、先日初オフラインサロンに行ってきました。内容よりいつも読んでいるブログを書いてらっしゃる方たち、どんな方なんだろう?って興味をもっていったので、反省したのが、話されている内容についてもっと考えてくればよかったなあということ。

peatix.com

テーマは「インターネットとの付き合い方」。その場では上手く言語化できなかったことなど、書けたらいいなあと思います。

 

そもそも、なぜこのトピックについて考えてこなかったのか。

インターネットは、私にとっては空気や電気のようなものになっているからでしょうか。

今、自分の周りに空気があるなんてわざわざ意識しませんよね?それと同じように、自分にとってインターネットとは何か?というのはそもそも浮かばない問いだったなと。私は93年生まれなので、これは世代的なものもあるかもしれません。

 

そんなことを言いながら、同世代に比べてネットをやっているかというと、そうでもないと思います。それが変わったのがやっぱり留学に行っていたからで、日本語が恋しかったので自然とネットに触れる時間が増えました。インターネットは主に情報を得るために使っていますが、特に、周囲にいない人の生活や価値観を知りたいがために使っていることが多いです。海外に住んでいる人、起業している人、普通に就活しなかった人、働いていない人、地方に住んでいる人、等々。中々出会えない人たちの情報を、少しでも知れるのはインターネットの大きな強みではないでしょうか。

一方オフラインサロンでは、インターネットを使っていても世界が広がらないという意見がありました。そう、検索ワードに入れない限り、どれほどネットの海に情報が入ったメッセージ瓶が漂っていようとも、掴むことはできないんですよね。また瓶が転がりすぎてて、自分に合った瓶だけ目の前に持ってきてもらう…という流れになってきています。無限の可能性に溢れつつも、溢れすぎてて逆に視野が狭くなっていくこの矛盾。インターネットの難しさは、ここにあります。

 

ネットに対して疲れるか疲れないか

というトピックが出たので、私も考えてみました。私がそんなに疲れていないのは、ブログをやっているものの広く読まれているわけではないので、ネガティブな感情が直接向けられることがないからだと思います。でも疲れると思うこともあって、それは

①感情的なコメント等が多い

②極端なものの言い方が多い

③インターネット上の文章の型が出来上がってしまっている

の三つです。以前にも書いたのですが、だからこそ私は「静かな声が聴こえる場所」をつくっていけたらなと思っています。

chikichiki303.hatenablog.com

 

インターネットに近づくか遠ざかるか

前述したように、私にとってはインターネットは空気みたいなものです。なので空気みたいなものなら付き合っていくしかないし、付き合っていくだけじゃなくて上手く「使って」いきたい。

個人的にはインターネットはすごく公共的/パブリックなものだと思っていて、誰でも見れるからこそ、素顔さらすというよりはあえて「演じて」いきたいなと思っています。演じるというのは嘘をつくとは違って、もちろんこのブログは好きに書いているので本心ではあるのだけれど、それは私の一部でしかなくて「全部」ではない。素顔をさらしていると思うとすごく傷つくこともあるけれど、それは私の一部でしかないと思うと、むき出しのインターネットとも少し付き合いやすくなるんじゃないでしょうか。

というわけで素顔晒し合うのがインターネットの面白いところかもしれないけれど、私のインターネットとの付き合い方はと言われれば、「演じるということ」と答えます。まあそれはインターネットだけじゃなくて、現実世界のあらゆる人間関係にも言えるかもしれません。「本当の自分」なんて、せいぜい一人でいるときに自分は何やってるか、くらいのものなんですから。

 

可能性としてのインターネット

私はやっぱり紙の本が好きだし、リアルに人と会うこと以上に勝るものはないと思っているし、ガラケー維持してた人ってまわりに言われてたようなアナログ人間ではあるのですが、インターネットの可能性を感じているのも確か。

私が好きなのはアートとか小説とかいわゆる人文学で、まあ今のところインターネットとはあまり相性がよくないのですがだからこそ、その二つを組み合わせたら面白いなあと思っています。

 

オフラインサロン、他の人がどのようにインターネットを捉えているのか知れて面白かった。2時間で初対面の人と打ち解けて、かつ話し合っていくというのは難しいなあと思ったので、講演の雰囲気と飲み会でのコミュニケーションの濃さの間があればよかったと思いつつ。自分がリアルイベントやるならどんなかんじでやろう?と考えるきっかけにもなりました。

美しさと「狂気」は紙一重 ― 映画「風立ちぬ」考察

作品レビュー

 

風立ちぬ [DVD]

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国民的アニメ、ジブリジブリと聞いて真っ先に思い浮かぶのはラピュタ千と千尋耳をすませばあたりかなあと思うのですが、そんな中で私が最も好きな映画が「風立ちぬ」です。宮崎監督の最後の作品(たぶん)ともあって、色々と賛否両論なこの作品。切り口もたくさんあって、好きなくせに何が好きなのかよくわからなくて、私にとっては非常に語りにくい作品でもあります。

 

何回か見て思ったこと、それはこの映画は「美しい」ということ。

 

★★★

「美しい」という形容詞、この映画の中で頻繁に出てきます。それは、主に主人公次郎の口から語られる。「美しい飛行機をつくりたい」、飛行機をつくるという「美しい夢」、そしてヒロイン菜穂子に対しての美しいという賛辞。しかし映画を見た方はおわかりかと思いますが、これら全ての「美しいもの」は、破滅ーより具体的に言えば死ーへと向かいます。菜穂子は結核で死に、次郎が美しさを追い求めてつくったはずの飛行機は、たくさんの人を帰らぬ人とし、「一機も戻って」来なかった。次郎は一人取り残され、美しい夢は消えた。

そう、「美しいもの」の結末はこの映画においては、決して美しいとは言えないものになっているのです。

 

★★★

風立ちぬ」の結末はこのように一見残酷なものですが、私は「それでも」ではなくて、「だからこそ」この映画は美しいのだと思っています。

よくできた造花と本物の花があって、見た目はほぼ同じだとしても、私たちが本物の方の花の方が美しいと思ったり、惹かれたりするのはなぜでしょう?

それは、本物の花は死ぬことができるから。

不思議なものですが、美しさというのは死や終わりを含んでいるものなんじゃないでしょうか。(参考:街場の読書論

 

風立ちぬ」の主人公、次郎は「美しい飛行機をつくる」という「美しい夢」に、ある意味でとりつかれています。次郎は飛行機の設計に没頭していると周りが見えなくなっているし、自分がつくった飛行機がどんな結果ー戦争に加担するということーをもたらすか、というところもそんなに考えていない描写がなされている。私はそこに一種の狂気を感じるのですが、このような狂気めいたものは、多かれ少なかれ誰でも持っているのではないでしょうか。これさえあれば、これさえできれば、これさえ得られれば、他はどうなってもいいー何かに没頭したことがある人は、というか没頭するというのは、そういうことなんだと思います。

没頭しないと、次郎みたいに美しい飛行機をつくることなんて成し遂げられない。でもその狂気めいたものは、「他はどうなってもいい」というものを含んでいるので、とても危うい。でも危ういからこそ、終わりや死、破滅を予感させるからこそ、美しい。美しさと狂気は紙一重というか、コインの裏表の関係にあって、切っても切り離せないんじゃないでしょうか。

 

★★★

この映画に関してだと、ゼロ戦をつくったことへの是非や、菜穂子かわいそう、次郎はひどい夫だ、等々、映画内で起こった出来事の善悪を問うことはいくらでも可能です。でも個人的には、この映画はそういう善悪を超えているというか、別の次元にあるんじゃないかと思っています。美しさは善悪の基準とは違うし、美しさ=善いことという図式は危険じゃないか。この映画に善悪の基準を差し込むとすれば、ここにあるんじゃないでしょうか。

実際の堀越二郎氏についてはわかりませんが、映画における次郎という人は、たとえ人生をやり直すことができたとしても、また同じようにしか生きられないんじゃないかと思います。彼は美しい飛行機をつくる人として、選ばれてしまった。選ばれた故の才能と、狂気。彼、つまり天才たちが成すことは、社会的な文脈において善にもなるし悪にもなり、良くも悪くも時代を動かしてしまう。

…とここまで書いて、やっぱりこの映画は宮崎駿監督自身を描いたのかなと思いました。彼もまた天才であり、選ばれた人であり、アニメを作り続けた狂気めいたものをもち、そして間違いなく日本または世界のアニメを動かしてきたのだから。

 

美しさにとりつかれた次郎は、その狂気めいたもの故に終わりを迎え、でもそれ故に美しい。この美しさと狂気の絡み合いに、私は残酷さと同時に美を見出してしまって、そんな映画と自分にぞっとしつつも、やっぱりこの映画が好きなのです。

 

★★★

話は少し変わりますが、初めてこの映画を見たときに唸ってしまったのは、この話で避けては通れない戦争の描写を一切省いていたこと。この映画はやっぱり善悪や物事の是非とは一線を画したもの(他の宮崎監督の映画は、反戦描写も多い)なんだと思います。同時に、映画において語られなかったからこそ、逆に戦争という事実の重みが増しているようにも思います。何だろう、私たちは語られたものよりも、語られないものに耳をすましてしまうことって、あると思うんですよね。「なぜ語られなかったのか」という問いに私はすごく惹きつけられてしまうのですが、あなたはどうでしょうか?

 

★★★

風立ちぬ」といえば堀辰雄の作品ですが、映画のヒロインの名前は「菜穂子」という彼の別の作品から来ています。私は「風立ちぬ」の話よりも「菜穂子・楡の家」という菜穂子をめぐる一連の話の方が好きだったりします。映画における菜穂子と比べてみるのも面白いかもしれません。

菜穂子・楡の家 (新潮文庫)

菜穂子・楡の家 (新潮文庫)

 

 

★★★

この映画に関してはたくさんの考察があるので、まとめられたサイトも貼っておきます。ぜひたくさんの切り口から見てほしいなあと思います。

ジブリ最新作『風立ちぬ』を観終わったらこれを読むべき!良記事・感想をまとめてみました。 | 隠居系男子

 

★★★

美しさについてはまた改めて書きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京というまち。

エッセイ的ななにか

 

ドイツから東京に戻ってきました。ドイツの中でものんびりしているという東ドイツの街ドレスデン(人口たったの50万だけれどドイツで11番目に大きい都市)から帰ってきたので覚悟はしていたけれど、一日一日がびっくりする速さで終わっていく。駅の発車メロディやぴかぴかの電光掲示板やエスカレーターの途切れることを知らないアナウンス(エスカレーターでは立ち止まらず黄色い線の内側に立ってお進みくださいエスカレーターでは……)なんかを見たり聞いたりしている間に、一日が終わっているんだからびっくりだ。こんなに情報に囲まれていたのかと愕然とする。母語だから当たり前なんだけれど、全部聞き取れるし読めるがゆえに、耳や目に意識せずとも飛びこんできてしまう。

 

途切れない人の流れと途切れないアナウンスのがやがやに追い立てられるように、半ばそんな東京や日本から逃げ出すようにしてドイツに行ったけれど、ドイツでびっくりするくらい落ち込んだりして、どこまで行っても自分からは逃げられないんだなあとやっと身をもって知った。でもばかみたいに時間かかっても知れたからこそ、東京に戻ってきてもある種の息苦しさは感じずにすんでいる。すごい速さで人も情報もアナウンスも電車も時間も流れていく中で、一人ぷくぷく泡みたいに浮かんでくる疑問に囲まれて立ち止まっている気がして、空気が薄いなあなんて思っていた。けれど、自分の内側の流れを意識して別の流れを隣にそっと、ひざの上で眠っている猫を起こさないように、そっと置けば、私の隣を駆け足で降りていく人たちを、少しだけ遠くから見ることができた。

どこにいたって、内側の流れをそっと隣に置くこと。東京のいいところいっぱい知っているからこそ、そういった部分を好きでいたいからこそ、あえて距離を置く部分をつくる。そしてそれはきっと、東京だけじゃないはず。

 

 

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ドレスデンドレスデン。 

 

追伸。東京の一日が速いのは日没が早い(ドイツは10時くらい)からという理由に今気づいた。でも今気づいたので追伸で失礼します。夏の夜長もいいですね。

 

 

 

 

その開放感はどこからくる?コペンハーゲンとストックホルムという街。

旅行

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少し前になってしまうのですが、一日が一番長いときに北欧に行ってきました。

デンマークコペンハーゲンスウェーデンストックホルム、そしてエストニアのタリン。ちなみに私は行くまでバルト三国は東欧だと思ってたのですが、国連だと北欧に分類されているそうです。

 

chikichiki303.hatenablog.com

 

上の記事でも書いたのですが、北欧の人たちは本当に夏時間を楽しんでいる印象を受けました。夏は短いから、その日の光や、肌に触れる風や、宇宙まで飛んでいきそうな高い空を愛おしむかのように、テラスや公園のベンチや芝生の上で過ごしている。

コペンハーゲンストックホルムも都会なのですが、人口密度が低いからか、道や公園のスペースが都心に広くとってあるからか、開放感がありのんびりしています。こんなところで夏を過ごせたら、夏に求めるものなんて何もありません。まあ案の定物価が高くてちょっとごはん食べただけで数千円飛んで行ったので、長期滞在が難しいところですが……。

 

そんなコペンハーゲンストックホルム、一番印象が強かったのは睡眠を妨げる日照時間でものんびりした空気でも財布が薄くなる物価でもなくて、ジェンダーに対する寛容さです。トイレはジェンダーフリーですし(男女一緒)、異性同士以外のカップルや、カップルとその子どもという家族も見ることが多かったです。住んでいるドイツよりも見かけたので、実際に違うのかなあと思い確認してみました。

 

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Country Ranking | Rainbow Europe

 

セクシャルマイノリティに対する各国の施策や権利、理解をランキング形式にしたもの。デンマークは6位でスウェーデンは12位。ドイツは16位になっているので、スウェーデンとはそんなに差があるわけではないですが、スウェーデンのオフィシャルサイト(Gay-friendly Sweden)では、セクシャルマイノリティに関する社会状況や権利がきちんと載っています。ちなみに一位ってマルタ島なのか……!気になる行ってみたい。

 

ストックホルムコペンハーゲンで感じた開放感は、こういうところからも来ているかもしれません。空港とか美術館における男女別でないトイレは初めてだったので最初は戸惑いましたが、全て個室だし、慣れるとそれが当たり前になるんだろうなとありありと実感しました。

 

次はエストニアの首都、タリン。

 

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ストリートアートの魅力。それって落書き?アート?

考えまとめ

ヨーロッパで中々見かけないもの。

駅の改札、24時間営業のコンビニ。

日本人がやっている寿司屋、雨の中傘をさす人。

 

そして、落書きのない街。

 

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ドイツに住んでいて、そしてヨーロッパの国を旅行していてどこでも出会うのは、グラフィティ(壁の落書き)。新しい街を旅行して落書きが少ないと、お、この街は治安いいのかなと思います。

そのくらい、どんな街もグラフィティだらけ。壁はもちろん、マンションのガラス、電車の車体、エスカレーターの段差、はては地下鉄のトンネルまで、まるで隙間を埋めるように。

 

でも最近、グラフィティがアートの一種、ストリートアートとして注目されてもいます。

グラフィティは結局のところ、落書きなのか、アートなのか。気になったので調べてみました。

 

タグ付けとしてのグラフィティ

現在一般的にグラフィティだとみなされる壁への落書きは、1960年代後半のニューヨークで始まったとされています。ビクターという郵便配達屋さんが、配達で街をぐるぐる回る中、バスや地下鉄に自分の名前を描いていた。

 これをtagging identification(タグ付けすることで自分を証明すること)と呼びました。

ところでこれって、犬が電柱におしっこしてマーキングしたりとか、膨大な海のようなインターネットで心もとなく漂う記事に、少しでも誰かに見つけてもらえるように「タグ」付けしたりすることに、似ていません?

そう考えると、なんでこんなところに落書きするんだよーーっていうのが、少しわかるような気がします。

 

グラフィティは怖い?

とはいえ、やっぱり私の中ではグラフィティって怖いイメージ。

実際グラフィティと治安って関係あるのかなーと思って当たってみたらありました、ありました。

カリフォルニア警察、通称LAPD。

タイトルはずばり、「なぜギャングのグラフィティは危険なのか」。

 

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……ギャングは自分たちのテリトリー、組織への忠誠心、ステータスの誇示、そしてライバルギャングへの挑戦を示すために、グラフィティを用いる。グラフィティが描かれた地域はライバルギャングの標的になり、車による襲撃の危険性がある。……

 

とここまで読んで、カリフォルニア警察通称LAPDの真剣さが伝わってきて私は震えあがりました。つまり自分の家とかご近所にグラフィティが描かれたら、自分たちもそのギャングの一員としてみなされ、ライバルギャングのターゲットにされるということですね。怖い……。

 

でも大丈夫。ちゃんと24時間対応の、グラフィティを消すオペレーション組織がここカリフォルニア警察にはあります。グラフィティ専用のホットラインまでもれなくついてきます。

 

ストリートアートへの発展

こうして危険とみなされたり、違法とされたりして排除の対象となる一方で、グラフィティはストリートアートとして発展していきます。

 

1970年代にはすでに、ヒップホップ(=都市部のサブカル)の一要素としてその存在を認められていたグラフィティ。競い合うようにして、グラフィティ特有のデザインやペイント様式が洗練されていきます。

今日では市がだれでも自由に描ける壁を設けたり、ストリートアートをめぐるシティーツアーなんかもあったり。「公共空間におけるアート」として認識され認められるようになりました。

 

そしてそれは何も、アメリカやヨーロッパにおいてだけではありません。

 

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http://tavgallery.com/yamabiko-art/ より。

 

ん、やけにカラフルなだるま?

そうです、なんとこのだるま、グラフィティとコラボした作品だそう。

グラフィティとだるま。新鮮すぎてどきどきしますね。

 

ちなみに私が今まで見たストリートアートの中でも印象的だったのが、チェコの首都プラハにある「ジョンレノンの壁」。

すごくカラフルで、私が行ったときは2-3人の人が丁度スプレーでペイントしていました。誰でもペイントできるそうですよ。観光客もたくさん。

 

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今回調べて感じたのは、グラフィティが落書きかアートなのかって、地続きなんだということ。最初は単に名前を記すだけだったグラフィティは、徐々にそのスタイルが洗練され表現豊かになり、ついには「名前を記す」行為を離れて自由な作風やメッセージを伝える、アートへと発展します。

一方アートの核となる表現したいという欲望の一つは、元をたどれば消えていく自分の痕跡を残したい、というところから来ている。「私が存在した」という、確固たる証を。こうして今度は逆向きに辿ると、単に名前を記していただけのグラフィティに行きつくんじゃないか。

落書きなのか、アートなのかというデジタルな問いは、見る側による恣意的な線引きでしかないのかもしれません

 

風情ある街に落書きがあるとがっかりもしますが、それでも歩き続けていると時折はっとするストリートアートに出会うことがあります。

あなたも街のグラフィティに出会ったときは、ぜひ粘り強く歩いてみてくださいね。

Airbnbのメリットデメリットと、いい宿を見つける方法

旅行 あまり書かないハウツー系

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現地の人から借りる家・アパート・部屋・バケーションレンタル・民宿予約サイト - Airbnb (エアビーアンドビー)

 

ドイツに留学してすっかりAirbnbのヘビーユーザーになったので、今回は今まで使ってみた中でのメリットデメリットや、使い方をまとめてみたいと思います。

世の中ハウツーの話であふれているので別に書かなくてもいいかなあと思いつつ、旅行の話はちょいちょい書いてるし、そのついでとして。これを読んでAirbnbが海外旅行に行く際の選択肢の一つになれば嬉しいです。

では、目次から気になるところへどうぞ。

 

目次

 Airbnbって安全なの?

Airbnbって聞いたことあるけれど、使ったことないというあなた。それは、安全かどうか不安だからじゃないでしょうか。

結論からいうと、Airbnbの安全性がホテルやホステルに比べて劣ることはないと思います。私は今までで15回、国もドイツや北欧といったメジャーな国だけじゃなくて、ギリシャスロバキアマケドニアブルガリアポーランドポルトガルといった国でもAirbnbで泊まりましたが、特に問題はありませんでした。私(女性)一人で泊まったこともあります。

なぜなら、Airbnbがお互いの信頼によって成り立っているから。宿を探すときの決め手が泊まった人によるレビューなので、ホストも信頼性が大事だということがよくわかっています。またホスト側も泊まる側も、facebookや身分証明書を登録し、本人確認を行っています。

お金のやり取りは完全事前にAirbnb上で行うので、私は今までトラブルが起きたことはありません。

勿論、安全に使うためにホテルを取るときよりは気を付けています。そのための使い方は後述します。

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メリット 

ホテルより安い。コスパがいい。

一番のメリットは、ホテルより安いこと。私がホテルを探すときによく見るBooking.comと比べると、Airbnbの方が全体的に安い傾向にあります。また値段の割に広々した物件が多い。

一方ホステルとさほど値段が変わらないこともあります。6人一部屋に15ユーロ出すなら、Airbnbの一人部屋に15ユーロ出す方が快適です。

コスパがいいのが、Airbnbなのです。

 

宿を探すのが楽しい

旅行って、準備が終わった段階で旅行の50%くらい終わった気分になったりしません?

そう、それくらい特に海外個人旅行の準備って手間がかかる。私は旅行の準備の中でも宿探しがダントツに面倒なのですが、Airbnbはサイトデザインがシンプルで、かつ写真に力入れている人が多いので、探すのがけっこう楽しいです。Booking.comとかって、今○人が見ています、とか、本日セール!とか出て見てて焦って落ち着かないんですよね…Airbnbは落ち着いて見れます。

というわけで、私みたいに宿探しがキライな人におすすめです。

 

tabippo.net

見ているだけで気分があがるのは、大事ですね。

 

チェックイン、チェックアウトが柔軟

ホテルだとチェックイン15時からチェックアウト11時までと、かなり厳格に決まっていますが、Aibnbはそんなことありません。どの宿にもチェックイン&アウト時間は記載されていますが、実際にはかなり柔軟に対応してくれることが多いです。チェックインは仕事を抜けて迎えに来てくれたり、車で迎えにきてくれたり。チェックアウトは次の日に泊まる人がいない場合、出たい時間に出ていいと言われることが多いです。

 

ホストがその土地のことを教えてくれる

Airbnbに力を入れているホストは、かなり親切に色々おしえてくれます。中心地へのアクセスからおすすめのレストラン、地元っ子がよく行く場所など。地元の人目線でアドバイスもらえるし、いざというときに安心です。

 

キッチンがある

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特に長期の旅行(1週間~)になると、キッチンがあることがとてもありがたいです。毎日外食はお財布にもイタイし、日本食も恋しくなってくる。そんなときキッチンがあるAirbnbはとても便利。

 

閑静で安全な住宅地にある場合が多い

中心地にあるホテルと違って普通のアパートに泊まるため、閑静な住宅地にあることが多いです。主に住民しかいないため周囲も安全ですし、物価も少し安い。現地の人の暮らしを少し覗けるのも楽しいです。

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デメリット

当たりはずれがある

勿論ホテルでもなんでもそうですが、当たりはずれがあります。あると疑っていないものがなかったり(シャワーカーテンやバスマット、キッチンのスポンジなど。一度シャワーがないことがありました。)、実際には清潔でなかったりなど。「あると書かれていない」場合はないこともあるので、事前にレビューで書かれているか、写真に写っているか確認するといいでしょう。

 

連絡を取るのが面倒

チェックインの際に待ち合わせる必要がある場合は、何時に着くかはっきり連絡しないといけません。海外でケータイのプランに入っていない場合は何時に着くかきちんと計画を立てないといけないし、あわてて現地でWIFIを探すはめになることもあります。

 

宿の場所がわかりづらい

ホテルと違って名称で検索できないのと、普通のアパートの入り口なので、何度もその前を通っても気づかないことがあります。事前に道順を聞いていたとしても、宿までたどり着くのに一苦労することがあります。

 

リクエストしても断られることがある

いくつか宿を調べてここだ!と決めても断られることがあります。「カレンダーに反映させておいてよ!」と思うのですが、あまり力を入れていないホストでたまに起こります。

 

写真が良すぎてがっかりすることがある

これ、結構起こります。写真の角度や光加減がよくて、実際に行ってみるとがっかりすること。でもこれは別にAirbnbだけに限りませんね。

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いい宿を探すには?

写真とレビューは2~3割増しだと肝に銘じておく

写真とレビューでAirbnbは成り立っているので、写真はきれいに撮れていて当たり前、レビューも高評価(ほとんどが4以上)が当たり前です。レビューの内容もいいことばかり書かれています。逆に言うと4以上じゃない宿は辞めておいた方が無難です。写真も気合い入っていないものは、ホストが力を入れていない証拠なので、トラブルが増える可能性があります。

また、検索をかけた時の写真が部屋のものじゃなくてその土地の景色だった場合、そんなに部屋が魅力的じゃないのかな、と思い避けています。

 

レビューが多い宿から選ぶ

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前述したように高評価なレビューが当たり前なので、そこでは宿の良しあしを見分けづらいです。なのでレビューが多い人から選ぶといいでしょう。ホストも慣れていますし、改善点を指摘されてよくなっている場合があります。やり取りもスムーズに行く場合が多いです。

私の中ではレビューが

20人以上→ホスト自身を信頼できる

50件以上→ホストが慣れているので特に問題なし

100件以上→ホスト超ベテラン。人気の宿なので早めにとる

といった感じで考えています。

 

宿の種類でふるいにかける

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貸し切りは自分たちだけでアパートを貸し切り、個室はホストが住んでいるアパートの一室に泊まります(他の滞在者等と一緒のシェアルームもあります)。

個室と貸し切りが同じ値段のことがままあるので、まず貸し切りだけで検索して、その後個室を追加すると探しやすいです。

よく宿の見出しであるのが「cozy」という形容詞。日本語だと「こぢんまりした」なので、そんなに広くはないことがわかります。

また「studio」と書いてあるものは個室がないアパートになります。

 

レビュー検索を上手く使う

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レビューを一つ一つ読むのは面倒だし、また似たようなことが書かれている。そんなときはレビュー検索を使いましょう。私は宿周辺の治安が気になるので「safe」や「safety」で検索をかけます。あとは「clean」や「access」ですかね。自分が重視する単語や形容詞を入れるといいです。書かれているということは、泊まった人の印象に残っているということなので。書かれていないものは、そうではないと(cleanの単語が出てこないときは、そんなに清潔でないとか)考えるといいと思います。

 

女性一人で泊まる場合、ホストが女性の宿または女性限定の宿を選ぶ

女性が一人で泊まる場合、安全面を考えて、貸し切りではなく個室、そしてホストが女性のものを選んでいます。一度ホストが男性で、賃貸物件だったので実際住んでいる人は女性という宿に泊まったこともあります。

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泊まる宿が決まったら

誰と行くか、目的を書く

リクエストの段階で、同行者が誰か、旅の目的が何か、そして簡単な自己紹介をすると、相手に信頼感を与えられます。

 

チェックイン時間を伝える

遅くても泊まる前日までにはチェックイン時間を伝えましょう。

 

宿への行き方、入り方を聞く

これはマストです。大体前日までにホストから伝えてくれることがありますが、ない場合はこちらから聞きましょう。ホストに会えない場合は鍵の隠し場所をしっかり聞いておきましょう。

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泊まったらレビューを書いて、自分もレビューをもらおう

ここまで読んでくださった方はもうお分かりかと思いますが、Airbnbはレビューが命です。少々面倒ではありますが、泊まった後は必ずレビューをしましょう。相手も自分に対するレビューを書いてくれます。ホスト側もどんな人が泊まるのか、心配なのは同じ。レビューを書いてもらうことで、信頼性を得、次泊まりやすくしましょう。

 

終わりに

思ったより長々と書いてしまいました。知らないからって使わないのはもったいないのがAirbnb。ホテルより慎重に選ぶ必要がありますが、慣れてくると探すのも楽しくなります。次海外に行くときは、ぜひ選択肢の一つに入れてみてくださいね。